こちらの事例は、日本在中の信者よりご提供頂いたのもです。彼ら自身またはご家族に起きたことをここでご紹介します。無料の「事例紹介集」もご用意しておりますので、資料ご希望の方は、お問合せフォームにてご連絡ください。

事例(八)仏法学習のお蔭で父親が2回災禍を逸れた。

 2020年、姉に心霊法門の観音堂に初詣に連れて行かれ、終わった後に陳師兄がとても親切に仏法学習の知識を教えてくれ、書籍と再生機を渡してくれました。家に戻って数日後に再生機で録音を聞き、三月中旬から読経をし始め、最初の頃は毎日スマホを利用して経文を見ながら読経していましたが、勤務時間に携帯を見てはいけないので、経文を紙に写して紙を見ながら読経しました。そのままで暫くしないうちにある夢を見ました。夢に父親が酔っぱらって二人に家に運ばれ、床に投げられました。その音を聞こえた私が直ちに母親を呼んで父親を部屋に連れていてもらいました。その後大勢の人が鍬等の工具を持って家に入って父親を殴ろうとしていました。その時、東方ラジオ局の観世音菩薩様と鎧兜を着ている護法菩薩様が現れ、彼らに父親に手を出さないように止めてくれました。その時目が覚めました。実家は田舎なので、昔父親は人に頼まれて豚を殺したことあり、殺業が重いです。恐ら彼が怨親債主に追われ菩薩様に救われたと思います。あの時私は修行をし始めたので経文の内容に読み慣れていなかったが、日課をさぼらずに毎日続けており、経文セットも少しずつ読み始めました。ある日、一人の女性が父親に1,000元がほしいと言って、父親が僕はお金を持ってない、次女がお金をくれたら貴方にあげるねと言った夢を見ました。夢を見た後、父親に憑いた霊に21枚の経文セットを読み上げると願掛けをし、読み終えたら夢が見えなくなりました。その後暫く経って父親が目の調子が悪くなり、病院に行ってきたので、また父親に49枚の経文セットを願掛けしました。全て終わった後父親から「目が治ったよ」と言ってくれました。
  父親が76歳に業障が爆発しました。因果応報に間違いがなく、行いに相応な報いがあります。重い殺業により、父親が重大な交通に遭い、電動自転車に乗って車にぶつけられて意識を失ってしまいました。全身に何か所も骨折して病院に運ばれ、救急処置を行いました。胸骨の骨折により肺が怪我し、頭部も出血し、胸腔に大量な出血したことで、胸水が溜まっていました。私と姉が事情を知り、心配すぎでじりじりしていました。すぐに焼香して観世音菩薩様に、姉と一緒に読経及び各々で父親に1,200匹の魚とスッポンを放流することを願掛けしました。それと、自分達の一部の功徳を父親に回向し、49枚の経文セットを父親に憑いた霊に読み上げることと1,000回の「大悲呪」の読経にしました。どうか父親に助けて災禍を無事に乗り越え、苦痛を減らして早く回復し、私と姉が外国で安心に修行することが出来るよう、観世音菩薩様にお願いしました。私達が日々の修行に努力していなかったので、予備の経文セットもないし、やっと師兄達がいつも言った「私達とも毎日無常と競走している」言葉を理解しました。願掛けをした数通りに経文セットを燃やした後、父親の手術はとても成功し、あまり痛みが感じなく回復が早かったのです。今回の交通事故で命を拾ったと父親もこう思いました。何故なら、その事故現場は良く事故が起き、数多くの人がそこで命を落としたにもかかわらず、父親がこんなに重大な事故でも生き残ったのからです。姉と二人で一刻も休まずに父親のために読経し続け、一週間後に退院し、事故が起きてから一ヶ月後、父親が完全に回復しました。私と母親も七年前に交通事故に遭ったことあり、父親ほど重くなかったのに、2か月ほど寝たきり状態で、体の痛みがひどくて動けなかったのです。当時の自分は修行してなかったので、肉体の苦痛を受けるしかなかったのです。

事例(七)心霊法門真実不嘘、主人は盲腸癌という三六九災禍から救われた。

  2021年6月28日、主人が発熱し翌日病院に行った診断結果は扁桃腺炎による発熱とのことでした。医者から貰った薬を飲んで静養して二週間を経っても良くならず、37-39度の発熱が続いていました。7月11日、別の大きな病院で再度検査を受け、盲腸炎で腸管が破裂したことが分かり、次の日すぐに切除手術を受けました。自分が油断して事態の厳しさを自覚しておらず、今年は主人の厄年に気付いていなかったので、彼に21枚経文セットを2回しか読んでおらず、魚は1200匹放流しました。7月31日、主人の摘出した盲腸にがん細胞に蝕まれていると診断され、まるで頭が棒に叩かれたような衝撃で慌てふためいていました。日本には親戚がいないので、観音堂の葆青さんに事情を説明した際、悲しみのあまり喉を詰まらせ声が出ませんでした。彼女はとても親切で優しく癒してくれたと大願を掛けるのを忘れないでと私に注意しました。私は目が覚めてすぐに仏壇の前でこのように願掛けをしました。
・2021年末までに主人に1万匹の魚を放流する。
・2021年末までに主人の怨親債主に108枚の経文セットを差し上げる。
・2021年観音堂で当番した功徳の半分を主人に回向する。
・主人が病気を治ったら、事例として皆様に公開する。
 日本の医療規定により、盲腸癌と診断された場合転移防止のため、再度入院して大腸の四分の一を切除しなければなりません。中国国内にいる兄や父がこれを知るととても心配すると思い、知らせる勇気がなく黙々とこの事実を受け入れていました。真摯な心があれば、菩薩様が感じてくれます。菩薩様のご加持の力は本当に不思議です。観音堂の善良の師兄の皆さんは私を励まし助けて頂き、皆さんから経文セットを貰いました。ほんの1週間も掛からず願った108枚の経文セットを完成させました。その後私も主人も良い夢を見ました。夢では空にたくさん菩薩様が現れ、中には南京菩薩様がおられます。師兄の皆様は師父に放流することや、バースデーケーキも用意してあり、私にも一つありました。また、自分の職場での試験に合格した夢も見ました。また、主人も彼自身が大都市に入り、中の高い建物の外観はまさしく鮮やかな黄色で、赤い点と文字が付いており、経文セットの用紙のような模様でした。彼はその中の一つのビルに入って多くのスーツ姿の私の同僚が見えると、彼らは全て師兄の皆様でした。彼は2階のオフィスに上がり、そこで字を書いていた私に声をかけました。彼はお腹が空いたので下に降りてお菓子を買いにいた時、一人の小母様が彼に一袋のお菓子をあげました。
目が覚めたら、私達はとても喜んでいました。師兄の皆様から頂いた経文セットは主人の災禍を解消し命を延ばしてくれました。2021年8月17日二回目の四分の一の大腸切除手術をする前に主人は楽観的で精神状態が良い状態でした。手術の当日、師兄達が主人に読経して頂き、二時間の手術は大成功しました。術後の主人は血色が一回目の時と全然違います。一回目の時顔色は悪く食欲もありませんでしたが、二回目の時に「大悲呪」の不思議な力で顔色も良くなり翌日にすぐ病床を降りて歩くことができ、一週間後に退院しました。その日から私とどちらが家事をするか争っていました。三日目後の8月28日に会社に出勤しました。重い病気に掛かったことのある人だとは思えません。菩薩様のお蔭さまで9月4日の再診結果も非常に良く、がん細胞が拡散しておらず、9月末になって手術した箇所の痛みは全然感じなくなりました。一ヶ月未満の短期間で主人の癌が完治しました。

事例(六)十数年のうつ病は薬を飲まずに治った。家庭円満、良いこと絶えず。

 私は息子連れで今の日本人の夫と結婚して日本に来ました。文化、言葉の異なり、伝統意識が強いわたくしは、親孝行、内助の功は自分の責任と思い、義母とすれ違いの発生や喧嘩も起きれば、近所の方に中国人の嫁は躾がないと言われるので、中国人の面子を背負って言われたことをやり、どんな事をしても全般を考慮して行動に移します。怒らず我慢して、全ての悩みを我慢して過大なストレスを抱えた結果、2009年に躁鬱病を患いました。自分がこの病気を患うのを信じず、体に痛みも感じず、どのように逝けば良いか考え続けていました。。主人と息子は、「今ちゃんとこの世にいるのだから、そんなこと考えないで。」と、皆は心配して日本と中国を往来し治療を受け続けていました。通常の薬と漢方薬の両方を服用し病状をコントロールさせ、運動療法も試しましたが、あまり効果がなく、全てにおいて根治できませんでした。
 ところが2年前を転機に、2017年の上半期に中国で心霊法門を勉強し始めて日本に来たばかりの人と知り合いました。彼は「心霊法門は貴方のうつ病を治します」との事ですが、本当に精神が病んでいた所私は半信半疑ながら、経書を受け取りました。ところが受け取った経書は開かず、薬の服用と運動療法は続けていました。偶然にも、再び華西病院に戻った時に同室の患者と少々知り合った頃、彼から心霊法門の三つの法宝により躁鬱病が治せると聞き、彼も勉強を始めたところでした。彼も数名の優秀な師兄と知り合い、心霊法門はとても効果がある事を聞いており、私にも勧めてくれました。「そうだね、まずはやってみましょうか」と心に決めました。
  長い間日本で生活している皆さんがご存じの通り、其々の家庭のために忙しく、経書をくれた仏友が日本に来たばかりの頃で、何の情報もなくお互いに家に行くことはありません。家が20キロも離れているところで会う機会が少なく、中国のお土産を持って彼の家に訪ね、「小房子」を貰いました。数日後に師父の教示を聞けるWechatを頂けると言いました。このように、毎日師父の教示を聞き始めました。その後東京共修会の連絡先を見つけ、直ちに共修会の責任者である葆青師兄に連絡し、細かい説明を受けました。その土曜日に夫が車で家から400キロを離れた東京観音堂に連れていってくれました。それから、同門の正しいご指導のもとに、正式に観音堂の一員になりました。家が遠いので師父の「白話仏法」全て家に持って帰り、朝から晩まで勉強しつづけました。夢にも思わず、自分の残りの人生で仏教の精髄を書いた良い本を読むことができ、明るい将来が見えました。日課、読経、白話仏法の学習を毎日続けています。家と観音堂を往来し、素食会にボランティアとして参加し、町で弘法し、師兄と観音堂を護持します。心霊法門が私を変えて第二の人生を導いてくれたのです。読経、願掛け、放生の三つの法宝、及び「小房子」で衆生を済度しました。半年後200枚の「小房子」を読み終わった頃、とても著しく変化しました。以前は、人が楽しく見えますが、なぜか自分は楽しくなく笑えなかったのか。心霊法門を勉強してから、体が軽くなり、気が楽になりまいた。以前は、義母の習慣を受け止められなかったのですが、いつも腹が立つことはなくなりました。長年薬品に依存していたのですが、今はあまり服薬もしなくなり不眠が治りました。医者にもう少し観察してから服薬を中止して結構だと言ってくれました。師兄を含めて周りの全ての知り合いが、心霊法門を勉強する前の自分が今とまったく別人になって、顔色も良くなったと言われました。

事例(五)仏法の力は無限である。子供の頑固な皮膚病と花粉症が完治。

 私は東京に住んでいる陳と申します。2014 年息子が生まれて2ヶ月後、頭部と顔の方々に湿疹がたくさん出てきました。 子供が小さいので、朝晩で漢方薬や軟膏を塗布してあげました。しかし症状はなかなか改善されませんでした。日本に戻ってから、小児科に診に行き、医者からもらった塗薬を使っても効果が著しく感じませんでした。子供が健診の時に、「まだ幼児だから、6 ヶ月くらいになったら、多くの症状が自然に良くなるよ」と医者に言われました。しかしながら、 子供が 6 ヶ月くらいに大きくなっても、皮膚病は治るどころか、更に手足や全身まで広がってしまいました。特に太ももや股関節、膝の裏、肘の裏に血の跡とかさぶたになっているところは痛痒く、子供はずっと掻いていました。昼は私達が彼の痒いところを(かゆみを緩和するため)叩いて掻かせないようにしますが、夜になると痒くて眠れずずっと搔いていました。子供が皮膚を掻く音を聞いて心が痛すぎて、 何時病気が治るのだろう!と思いました。子供の病気は小児科で治らなかったので、仕方なく皮膚科に連れて行ってきました。子供が夜にちゃんと寝られるよう、医者が飲み薬とホルモン入りの軟膏を出してくれました。副作用があると分かっていたが、痒みが治まるのであれば使うしかないと思いました。しかし、これらのお薬は場当たりな対応で根本的に治りません。しかもずっとこのホルモン入りの軟膏を使わないといけないので、夏場は良く汗をかくため、皮膚病が更に悪化しやすくなるので、軟膏は手離れできない必需品でした。彼の病気は、医学上でアトピー性皮膚炎と言い、日本の病院には特効薬がありません。
  不幸が重なり、彼の皮膚病はまだ治っていないのに、3歳で花粉症と診断されました。毎年一月から四月の間、終日鼻水や涙、くしゃみが止まりません。鼻が詰まって目が痒く、いつも手で目を擦ると周囲の皮膚が腫れてしまいました。毎年定期的に子供を病院に連れて、飲み薬や鼻薬、点眼薬を貰いに行っています。本来は天真爛漫で悩みもなく成長すべきだったのに、小さい頃から薬と友達のような付き合いとなり辛い生活を送っていました。可哀想な姿を見て何も出来る事がなく、奇跡が起きて子供に健康な体で薬の要らない幸せな時期であってほしいと
祈っていました。仏法を勉強してから因果応報が理解できました。 子供が小さい頃から病気に掛かってしまったのは、妊娠の時にたくさん海鮮を食べる殺生が原因でした。 因果応報には間違いなく、殺生は子孫に災いをもたらします。自分の過ちは誰のせいにできましょうか。仏法の学習で真実を理解し、子供がきっと救われると分かって 心は希望に満ちていたとともに、子供のことで悩まなくなりました。何故なら、師父曰く「仏法があれば方法がある、信じる力があれば動く力も生まれる」との事を固く信じます。私は毎日日課が終わったら子供にも読経します。最初の頃、子供に毎日 「往生呪」 を 49 回読経し、三ヶ月後また子供に 1ヶ月以内に1万回読み上げると願掛けをしました。同時に子供の要経者(霊性) に経文セットを読経し、1000 匹の魚を放流する旨願掛けをして、このように日を重ねて、息子の病気が急速に改善され、 良い方向に向かってきました。一年後奇跡が起きました。息子の病院でも治らなかった頑固な皮膚病は完治されました。 やっと病気の痛みと別れ、楽しい生活が始まりました。もっと不思議なことは、ずっと治らなかった花粉症も知らずに完治していました。息子はようやく皮膚病、花粉症と縁を切り、日本の医療技術でも治らなかった難病は、仏法を学習することで奇跡を起こし完治しました。

事例(四)心霊法門は私達家族を救ってくれました。

 私は岳と申します。2015年2月恩師盧軍宏台長は日本で法会を開いて、仏法を広める時に私は初めて「小房子」を読み上げることによって病気を治せることを信じるようになりました。以前に友人の美慧さんはよく盧台長がトーテムを見てあげている動画を私に転送してくれました。それは面白く見ているうちに好んで見るようになりました。仕事が終わると美慧さんに誘われて彼女のお家に行って、仏壇の菩薩様にお線香をあげたり、大悲咒の読み方を教えてくれたりしました。毎日観音像を見ているとすごく安心感がありました。その時はまだ気場ということは知らなかったです。恩師盧軍宏台長が法会を終えて日本を離れたあと、私は「小房子」を真剣に読み始めました。また法会で無料で貰った本や小房子の読み方の冊子を母親に送りました。電話で母親に法宝が手に入り、これによって私達家族は救われると伝えました。当時母は77歳で持病を持っち、弟は精神病患者で、病歴は10年にも及びます。両親は弟の病気のことで大変な思いをしてきました。高額の費用に病状が重いときは年に一、二度精神病院に入院し、ある時は1ヶ月から3ヶ月もの間入院することもありました。一回入院する度に日本円にすると十数万円の入院費用がかかります。私達は弟の病気に傷心し何度涙を流したか数え切れません。母親は私の話を最初は信じないでしたが、私は本に載っている、精神病が治った実例を読むように頼みました。私は「小房子」を読み、放流、縁のある衆生を済度することを発願し、また弟の病気が治りましたら、法会で皆さんに実例を紹介すると誓いました。母は本を読み私の話を聞いて、「小房子」をすぐ読みたいと「小房子」は何でしょうか?と尋ねました。それを聞いた私は師兄から「小房子」の紙をもらいすぐに母に送りました。
 何事も始めが一番難しいものです。往生咒と七佛滅罪真言は基本的に短く、読んでいるうちにすぐ読めるようになりましたが、大悲咒、般若心経はなかなか流暢に読むことができなかったので、1日がかりで一枚の「小房子」しか読み上げられなかったです。そのため疲れ果てて、めまいがして、口が回らない状況になりました。しかも始めのころは家の中も穏やかではありませんでした。弟は毎日のように母と喧嘩し、母は弟を避けて会わないようになり挙句の果てに弟は両親を家から追い出してしまいました。その後母は日本にいる私に何処に住むか、これからどうすれば良いか?と相談を持ちかけました。私は母に中国の私の家に泊まっていいよと勧めました。母は観音様に3日間の休暇を頂き引っ越したあと、私の家に観音像を設置して、整理整頓された家でまたお経を読み続けました。それ以後、私達家族は平穏な日々を過ごし始めました。2016年の年末で私と母は「小房子」を読んでから1年半になります。母は2500枚余り「小房子」を読み上げました。そのおかげで弟は2017年一度も精神病院に入院することはなく、弟はみるみるうちに正常になり、病院への出費がなくなり、家の家事もお手伝いさんを頼まなくて済み、日常生活は彼ひとりでこなせるようになりました。持っていた痛風病も治りました。私はよく電話を使って弟の状況を聞いたりしています。弟は睡眠も良くなり、耳鳴も無くなって心臓は平常に戻りました。食事も美味しく感じることができるようになりました。弟はこれからは仕事をしたいと言うようになりました。この変化に私と母は思わず嬉し涙を流し、本当に不思議なことだと感じました。

事例(三)五つの法宝のおかげで、三、六、九災禍を逸れた。

私は、朱と申します。上海出身で今東京に定住しております。2013年に友達の李さんが私を心霊法門に導いてくれました。私はあまり深く考えない単純な人間ですが、「お金はいらないよ、きちんと読経すれば菩薩様が我々を守ってくれるので、健康になるよ。」と、李さんが言ってくれた事を覚えています。これは私にとって一番合っているではないですか!金銭面はそんなに余裕がないですが、時間がたくさんあるので、その時から読経を始めました。良い事であれば家族に共有すべきだと思い、李さんにお願いして法宝を上海に送ってもらい姉妹も一緒に読経を始めました。全てのご家族が菩薩様に加持して頂き、皆さんが利益を得る事に対し、とても喜びを感じております。日本人である主人は、私が仏法を学び始めた頃から私と一緒に学び、経文セットを読経しました。彼も良く自ら観音堂に行ってボランティアをし、夫婦共に仏法を学んで幸せな日
々を送っております。  
  3、6、9の数字が付いている年齢においては災禍に遭うと師父が仰っていました。2017年は自分がちょうど59歳でした。心霊法門の三つの法宝で一つの災禍から逃げられました。5月4日の夜、「白話仏法」を共修して帰宅後に、冷蔵庫にある冷たいおかずを食べて寝て深夜12時に突然にお腹に激痛を感じて目が覚めました。便所に座ったままで起きられませんでした。ずっと観世音菩薩様の聖号を黙考し加護して頂くようお祈りしていたので、よやくお通じが出て体調が少し好転しました。その後ベッドに戻って夜中2時になったら、また腹痛で起きてしまい、トイレに行ってきました。5月5日の朝2時から午後16時まで、腹痛が納まらず頻繁にトイレに通っていました。14時間ほど生理がきたようにお通じに血が付いていたので、何の病気も分からず、怖くてその夜病院に行ってきましたが、当番の医者しかいないので、飲み薬を貰っただけで終わりま
した。
 医者に6月1日、大腸内視鏡検査を勧められたため、その翌日の朝、お線香を供える際に菩薩様に自分の要経者に21枚の経文セットを差し上げ、それから魚を500匹放流すると願掛けをしました。連続数日に邪魔が大きくてやりたい事が上手く行かない悪夢見ました。夢を師兄に言ったところ、願力が足りていないので、法会で積んだ功徳も使ったほうが良いと言われました。翌日の朝、お線香を供える際に再度菩薩様に魚500匹とすっぽん49匹を追加して放流及び、2月ブリスベン法会で積んだ功徳の半分で自分の業障を消し、6月1日の大腸内視鏡検査が無事に終えるよう誓いながらお願いしました。願掛けをしたその夜、私が検診のため病院で並んで、自分の順番になった時、医者に「貴方の番号がないので、もう帰っていいよ」と言われた夢を見ました。目が覚めたのは朝5時でした。あの日は、病院で検査を受ける日です。私はとても感激して
菩薩様からの加持を頂いて身体がきっと大丈夫だと思いました。法会の功徳は本当に凄いですね。私は、感謝と穏やかな気持ちで病院に行ってきました。病院に向かう道、診察待ちの際にずっと「大悲咒」を読んでいました。午後14時に検査を行い、40分程で終わり非常に順調で、大慈大悲の観世音菩薩様が私を災禍から救ってくれまして、体には異常がないと医者からの診断でした。重い荷物を下ろしたようにほっとしました。私はとても運が良いと思います。心霊法門に出会え、それから迷わずに修行を始めた御蔭です。

事例(二)曾經焦慮痛苦無法擺脫,如今學習佛法開悟解脫

 私は来日して10年が経ち、現在東京に住んでいます。2017年、穏やかで幸せな生活が突然に変わったことにより、重度の不安障害とうつ病に掛かってしまいました。私を傷つけた人や物事に対し過度に恨みを募らせ、自分の考えと行動をコントロールできず、何度も自分の命を絶とうとしていました。泣くこと以外、なぜか自分の人生はこんなに辛いのかと思い悩むばかりで、どう報復するかを妄想していました。心が完全に歪んでおり、私の世界は灰色のように薄暗がりになり、全てがネガティブでした。いつも気の毒なめに遭い、世の不公平さに不満を持ちました。落ち着くと自分の言動に対し悲しんだり、その繰り返しに苦しみ行き先が見つからず、解脱できずで、本当に苦しくてたまりませんでした。
その後、愛する家族のため自分を変えよう、しっかりと生きていこうと決めました。学習、漢方薬を通じて2年経たずだいぶ良くなり、ほぼ元の状態に戻ってきました。生活は落ち着いてくると思いましたが、知らず知らずのうちに更に業障が活発になってきました。じりじりと苦痛が再度私を襲ってきました。幸い今回両親がそばに居た事で前より心が強くなり、急いで自己の成長と分析を行いました。学習能力に自身で感謝します。多くの心理学講座への参加により人間性というものを学習し、何か変化が起きることを期待していました。しかしながら、私は完全に失望しました。主人との関係も最悪な状態に陥ってしまいました。
 2020年8月末、菩薩様は放浪している私を可愛がって頂き、カウンターを貰う際には近所の小原さんが法宝を届けに来て下さり、「白話仏法」の良さをご教授頂きました。直ちにFCCをダウンロードして、とにかくやってみようという気持ちで翌日の夜から勉強し始めました。思いがけずその日から新しい人生が切り開かれました。以前から仏法は好きでしたがとても奥深く、継続できませんでした。一方、「白話仏法」はとても理解しやすく、身近な事例も書いてあり、読み始めると止まらなくなります。「白話仏法」の学習を通じて、真実の理解や智慧を増やすなど、根本から物事の成り立ちと真実性を見ることができます。因果関係の視点で物事に対応し、正誤に悩まず、心の中は明るく広がります。今日起きた一切の物事を因縁果報といい、業障が現れ出るといった、一種の表相であると分かってきました。因縁果報を理解しても、前に習った講座は人生の問題や心の中にある疑念を根本から解消できない事が分かりました。「白話仏法」を学び納得する事で文句を言わなくなりました。全ては業力なのだと認識しました。何かを変えたい事や人生を理解したいのであれば読経でマイナス分を補うしかなく、悩んだり、人を変えようしなくなりました。果報を理解し業障を解消するため、自身の行いに対し何度も懺悔し、四大法宝である「願掛け」「放生」「読経」「白話仏法」を毎日皆さんと一緒に勉強します。それから日課として経文セットの読経を始めました。心境の変化によりエネルギーに満ち、以前のように腑抜けた感覚もなくなりました。真面目に読経、仏法の学習、修心修行を通じて、今の自分は完全に変わり11ヶ月程経ちました。
 「白話仏法」にはこうあります。私達の考えや精神は因果関係を作ってしまうので、自分の考えには十分気を付けています。良くない考えが浮かんできたら、直ちに読経して思考を変え、自己を調整します。以前の不安障害、不眠症等の症状は殆どなくなりました。今の私はただ自分が悦ぶだけでなく、友人達にも教えました。

事例(一) 大慈大悲観世音菩薩様はお頼みさえすれば、求めを果たしてくれる。喫煙歴26年の私が禁煙に成功

  私は東京の趙と申します。長年私は日本で多くの方々も羨むほどの安らぎの生活を送っていましたが、何かが足りず、とても空虚に感じていました。気分が落ち込む時に一人で漫然と家から上野まで歩いて、往復で3時間掛かったことあります。歩きながら人生の浮き沈みを思い出し、哀愁を漂わせ行き先も分からず仕舞いでした。
  2019年3月、友人が一家を東京観音堂の精進料理会に連れて行って貰いました。師兄の皆様のご指導を受け、大慈大悲観世音菩薩様に跪き、拝みました。そうして心霊法門と私達の恩師盧軍宏台長のことを知りました。良縁が舞い込んだかの如く、観音堂へ行くことで観世音菩薩様と師父の存在は私の空虚の心を満たし、真摯に仏法を学ぶことを決意しました。菩薩様、恩師、それから仏教の世界に迎え入れて頂いた師兄の皆様に感謝します。帰宅後すぐ読経を始めました。経文を読み慣れてから経文セットを読み始めました。読経はとても心地よく、何かの見えない力に包まれている感じがして、自分の背中を押してくれる事が悦びでした。
 土曜日毎に、時間さえあれば必ず観音堂に行って自分の出来る事をし、師兄達と一緒に読経して勉強します。行く度に心が落ち着き悦びを感。師兄達と互いに慈しみ、とても愉しいです。心霊法門に大家族のような温かみがあります。ある日、観音堂で某師兄の方と禁煙の話になった時、彼がタバコを完全にやめられたことを言い出しました。とても興味あり、どうしたらやめられるのかと彼に聞きました。「これは、観音様の加持だよ、あなたも菩薩様にお願いしたら?きっとできるよ」と、師兄がこう言ってくれました。当時の私は半信半疑の気持ちで菩薩様にお願いしておりませんでした。今日はこの場で菩薩様に懺悔します。数日後、妻と買い物する時に、そろそろタバコをやめようかと、急に頭にこのような考えが浮かんできました。妻にこの考えを伝え、一緒に観音堂に行って菩薩様に禁煙にお力を貸してもらうようお願いしてくれるかと相談したところ、大賛成してくれてすぐ一緒に観音堂に行ってくれました。そこで、私は仏壇の前で敬虔に跪いて拝んで、タバコをやめることに加持して頂きたいと大慈大悲の観世音菩薩様にお願いしました。まさかの奇跡が起きました。その次の日、私は終日タバコを吸っていなかったのです。その前の私は、起床後必ず一服していましたが、あの日は全然タバコを吸いたい気がしなかったのです。自分が信じられませんでした。私は26年もタバコを吸い続いてきたので、身体によくない事を自覚していたのにやめられませんでした。数え切れないほどやめようとしたが、全て失敗し挙句中止しました。もう自信を失ってしまい、この一生タバコをやめる事はあり得ないと思いました。しかしながら、観音様が私を助けてくれました。一切の苦痛がなく長年の難儀を解決してくれました。本当に非常に嬉しく思います。
 タバコをやめて4ヶ月経ちました。観世音菩薩様の大慈大悲の愛とその頼みさえすれば、求めを果たしてくれることに感謝します。それから、師父にも感謝します。仏法を学ぶことで仏法の不思議と偉大さに悟りを開きました。必ず一門精進、きちんと修心と修行をすることを決めました。読経により業障を解消して負債を返済し、功徳を積んで家族を加護して悦楽に浸って日々を送れるようにしたいと思います。